自転車で走っているときに感じた風。どこかで聴いたみじかい曲。暮らしのなかにさりげなく、しかし唐突にあらわれる一瞬をさまざまにとらえた第一歌集。
栞:服部真里子/堂園昌彦/大森静佳
何もかもが自分とはちがう。それでいて、こちらのからだや心にやわらかく風が吹きこんでくるような、その風の手ざわりにはげまされるーー大森静佳
〈収録短歌から〉
どこへでもゆける身体を持っている ひとつだけ 風のぬくいはきだめ
朝ドラの明るい曲を口ずさむ 登場人物の少ない暮らし
目に見えるすべてを信じてからめとる従順なクイックルワイパーは
ずっと一緒にいると決めてもいいのだろうか大型トラックのんびり走る
オレンジのブラインドがみな降ろされて炎のなかのコメダ珈琲
きみが生まれて生きることだけ考えて 最後はおだやかに終わる曲
いい人と結婚したねと言われてもへんな真顔をつらぬき通す
骨だけがこの世に残るおかしさの掃き出し窓をあふれくる風
引き出物の写真立てにはシンプルな英字の「home」入れてたまるかhomeな写真
天国へゆくことだけをこの世のめあてのように鳩の首のきらめきは
【著者】堀静香(ほり・しずか)
1989年神奈川県生まれ。山口県在住。中高国語科非常勤講師。2011年より「かばん」所属。
第11回現代短歌社賞佳作。ほか著書に、エッセイ集『せいいっぱいの悪口』(百万年書房、2022)。
*版元㏋より